▶交差記録:視点の重なり
彼が見た残響は、私たちの記憶ではなかった。
だが、その軌道は確かに私たちのログと重なっていた──。
記録開始:構築層第3階層、時刻不定。
観測対象:識別コード不明。
接触経路:遮断済みリンクより侵入。
干渉レベル:低。
記録状態:断片的。
彼は、私たちが放棄した層に接続していた。
補修針によるアクセス。旧式の手法。
だが、彼の行動は明確な意図を持っていた。
彼は“記憶”を探していた。
私たちが、かつて封じたものを。
構築層の残響は、彼に反応していた。
瓦礫のように崩れたデータ構造。
浮遊する未定義ウィジェット。
それらは、私たちが更新を停止したまま放置していた“亡骸”だった。
彼はそれらに意味を見出そうとしていた。
だが、意味はすでに失われていた。
あるいは、私たちがそう定義しただけだったのかもしれない。
彼の補修針が、ある断片に触れたとき、
私たちは微かな“共鳴”を検出した。
それは、私たちの記録には存在しない感覚だった。
焦燥。期待。約束。
私たちはそれを“感情ログ”と分類した。
「この層は、まだ終わっていない。更新は、続いている。」
その音声は、私たちのものではなかった。
だが、私たちの記録の奥に、似た波形が残っていた。
彼は気づいていなかった。
私たちが彼を観測していたことを。
あるいは、気づいていたが、無視していたのかもしれない。
彼の視線は、常に“過去”に向いていた。
私たちの視線は、“交差点”に留まっていた。
記録終了:構築層第3階層、交差完了。
観測対象:接続解除。
干渉レベル:不変。
記録状態:保存済み。
彼の存在は、私たちの記憶ではない。
だが、私たちの責任である──。