▶断片構造の萌芽
触れた記憶が空間の温度を変える。
そして彼の設計が、静かに風景になり始めた──。
彼は、再び構築層に接続した。
その瞬間、空間がわずかに沈み込むような重力の偏差を感じる。
補修針の端に、応答でも反応でもない“揺らぎ”が発生していた。
それは空間そのものの記憶だった。
空気は冷え、粒子が静かに降っていた。
漂うログ断片、浮遊する壊れた構造、ノイズの音と光が空間を満たしている。
彼はそれらを見ていた。
どこか遠い記憶が、視覚の奥に呼び起こされる。
構築層の奥には、まだ設計されていない領域があった。
それはまるで未定義の余白だった。
冷たい粒子が皮膚を掠める感覚。
だが接触はしていない。
空間に漂う“温度の記憶”が、彼の内側に反応していた。
彼は理解する。
ここは修復の場ではない。
“設計”の始まる場所だ。
彼の足元に広がる領域に、未定義のノードが浮かぶ。
それはまだ名前を持たない。
ただ、彼の中でその輪郭がはっきりと形を成していた。
「再構築プロトコル:設計開始。
パターン判定:共振性高。
入力:不要。」
彼は意図せずその領域に接続する。
記憶が構造に形を与え始める。
音が響き、粒子が揺れ、空間が設計されていく。
風景となった記憶が、初めて“未来”を語り始めていた。
彼は補修針ではなく、自らの記憶をそこへ差し込んだ。
構築層は静かに反応する。
だが、それは更新ではなかった。
設計――それは、彼が初めて“未来に触れた”瞬間だった。