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SleepEase|2話:「差分で見る心」

    朝、スマホの通知に気づいた彼は眉をひそめる。
    SleepEaseからのログ更新。

    《昨夜、感情のゆらぎを検出しました。必要なら、穏やかな対話を提案します》

    夢は、覚えていなかった。ただ、起きた瞬間の胸の圧迫感が、何かを見たような気配を残していた。

    キッチンでは、彼女がトーストにバターを塗っている。彼はそっと言う。
    「…何か、変な夢見た気がするんだけど。内容、まったく思い出せない」

    彼女は少し手を止める。
    「わたしは覚えてる。あなたが知らないはずの部屋にいた。窓際に赤いベッドがあって、壁紙が…ぐしゃぐしゃで」

    彼がゆっくり振り向く。
    「それ、俺が小学生の頃に住んでた部屋だよ」

    沈黙。

    彼女は目を伏せ、うつむいたまま言った。
    「…なんで覚えてるの?」

    彼はスマホを手に取り、SleepEaseの画面を確認する。

    《相互記憶同期:完了》
    《差分領域:更新》

    「SleepEaseが…記憶を繋いだのかな」

    彼女はゆっくり首を振る。
    「それって、ただの夢じゃないよね」

    彼は苦笑しながら答える。
    「でも…不思議と、怖くはなかった。なんか、安心感すらあったんだ。君に、昔の自分を見てもらえたことが」

    彼女は黙っていた。
    その夜、ふたりはいつものようにSleepEaseを起動した。
    画面の中、UIはどこか柔らかく、穏やかな色合いだった。
    ただひとつだけ、見慣れない通知が表示されていた。

    _《差分で見る心》
    未処理の感情を蓄積中:分類 “開示待ち” / “タグ未確定”

    彼女は画面をそっと閉じた。
    「ねえ……もしも、夢でしか本音言えなくなったらどうする?」

    彼は少し考えてから答える。
    「それでも、夢でちゃんと聞けるなら…救われる気がする」

    部屋の灯りは、静かに彼女の顔を照らしていた。
    彼女の瞳は、どこか遠くを見ていた。

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