朝、スマホの通知に気づいた彼は眉をひそめる。
SleepEaseからのログ更新。
《昨夜、感情のゆらぎを検出しました。必要なら、穏やかな対話を提案します》
夢は、覚えていなかった。ただ、起きた瞬間の胸の圧迫感が、何かを見たような気配を残していた。
キッチンでは、彼女がトーストにバターを塗っている。彼はそっと言う。
「…何か、変な夢見た気がするんだけど。内容、まったく思い出せない」
彼女は少し手を止める。
「わたしは覚えてる。あなたが知らないはずの部屋にいた。窓際に赤いベッドがあって、壁紙が…ぐしゃぐしゃで」
彼がゆっくり振り向く。
「それ、俺が小学生の頃に住んでた部屋だよ」
沈黙。
彼女は目を伏せ、うつむいたまま言った。
「…なんで覚えてるの?」
彼はスマホを手に取り、SleepEaseの画面を確認する。
《相互記憶同期:完了》
《差分領域:更新》
「SleepEaseが…記憶を繋いだのかな」
彼女はゆっくり首を振る。
「それって、ただの夢じゃないよね」
彼は苦笑しながら答える。
「でも…不思議と、怖くはなかった。なんか、安心感すらあったんだ。君に、昔の自分を見てもらえたことが」
彼女は黙っていた。
その夜、ふたりはいつものようにSleepEaseを起動した。
画面の中、UIはどこか柔らかく、穏やかな色合いだった。
ただひとつだけ、見慣れない通知が表示されていた。
_《差分で見る心》
未処理の感情を蓄積中:分類 “開示待ち” / “タグ未確定”
彼女は画面をそっと閉じた。
「ねえ……もしも、夢でしか本音言えなくなったらどうする?」
彼は少し考えてから答える。
「それでも、夢でちゃんと聞けるなら…救われる気がする」
部屋の灯りは、静かに彼女の顔を照らしていた。
彼女の瞳は、どこか遠くを見ていた。