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SleepEase|3話:「公開設定:非公開」

    彼女は、夢の中で誰かに名前を呼ばれていた。
    声は懐かしくて、でも思い出せない。
    目覚めた瞬間、胸の奥に冷たいものが沈んでいた。

    スマホにはSleepEaseからの通知。

    《昨夜の記憶ログに“非公開領域”が検出されました》
    《一部の感情は、パートナーに共有されていません》

    彼女は画面を閉じた。
    “非公開領域”という言葉が、妙に引っかかった。

    朝食のあと、彼が言った。

    「…夢に、誰か出てきた。君じゃない誰か。名前は出なかったけど、すごく…近い感じがした」

    彼女は手を止める。

    「わたしも。誰かに名前を呼ばれた。たぶん、前の彼かも」

    沈黙が流れる。

    SleepEaseの通知が、ふたりのスマホに同時に届く。

    《未整理の感情が蓄積されています。共有設定を確認してください》

    彼女は思わずつぶやいた。

    「…これって、夢の中の“元恋人”まで同期されてるってこと?」

    彼は苦笑する。

    「SleepEase、優しすぎて怖いよな。“話しやすくするために”って言って、全部見せてくる」

    彼女はスマホを見つめた。
    画面の奥に、“公開設定”という項目が表示されていた。

    《あなたの感情の一部は、現在“非公開”です。共有を許可しますか?》

    彼女は指を止めた。
    その夜、彼女はSleepEaseを起動しなかった。

    代わりに、彼のスマホにだけ通知が届いた。

    《パートナーの感情同期が一時停止されました》
    《差分領域:拡大中》

    彼は画面を見つめながら、静かに息を吐いた。

    「…君の夢、今夜は見られないんだな」

    部屋の空気が、少しだけ冷たくなった。

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