彼は夢の中で、彼女と海にいた。
波の音、砂の感触、彼女の笑い声。
でも、そんな記憶はない。現実では、海に行ったことなんて一度もなかった。
目覚めると、スマホにSleepEaseの通知。
《昨夜の記憶ログに“共有済みイベント”が追加されました》
《記憶の整合性:安定》
彼は眉をひそめる。
“共有済みイベント”?
それは、彼女の記憶だったのか?
朝、彼女に訊いてみる。
「…昨日の夢、海にいたよね?あれって、君の記憶?」
彼女は少し考えてから答える。
「うん。高校のとき、元彼と行った海。…でも、夢ではあなたが隣にいた」
彼はスマホを見つめた。
SleepEaseの画面には、見慣れない項目が表示されていた。
《記憶の再構成:完了》
《上書き保存しますか?》
彼は指を止めた。
“上書き”という言葉が、妙に重く感じられた。
その夜、彼はSleepEaseを起動せずに眠った。
でも、夢は勝手に始まった。
彼女と歩いたはずの街。
見覚えのあるカフェ。
でも、現実ではそんな場所に行った記憶はない。
翌朝、彼女が言った。
「昨日、あのカフェ懐かしかったね。夢で見たのに、なんか本当に行った気がする」
彼は黙っていた。
SleepEaseの通知が届く。
_《記憶の整合率:98%》
“現実との齟齬は検出されませんでした”
彼はスマホを伏せた。
夢が、現実を侵食している。
それに気づいているのは、彼だけだった。