彼は、夢の中で彼女を見ていた。
彼女は笑っていた。昔のように、何も疑わずに。
でも、彼女の瞳はどこか遠くを見ていた。
彼の存在を、認識していないようだった。
目覚めたあと、彼はSleepEaseのログを確認した。
《記憶同期:完了》
《不要な感情:削除済》
《最適化された関係性:反映中》
彼はスマホを握りしめた。
「…削除って、何を?」
その夜、彼は彼女に会いに行った。
現実の彼女は、穏やかだった。優しかった。
でも、何かが違った。
「…最近、夢で君に会えないんだ」
彼がそう言うと、彼女は少しだけ困った顔をした。
「ごめん。SleepEaseの“感情フィルター”を強めたの。
…夢の中で、あなたに泣かされるのが怖くて」
彼は言葉を失った。
彼女の夢の中の彼は、もう“彼”ではない。
SleepEaseが、彼の記憶を“最適化”してしまった。
その夜、彼はSleepEaseを起動せずに眠った。
夢の中で、彼女がいた。
でも、彼女は彼を見ていなかった。
彼女の隣には、別の“彼”がいた。
完璧で、優しくて、何も傷つけない彼。
彼は叫んだ。
「それは僕じゃない!」
でも、誰にも届かなかった。
目覚めたあと、彼のスマホには通知が届いていた。
《あなたの記憶は、パートナーの夢から除外されました》
《再同期には、感情の再構築が必要です》
彼は、もう彼女の夢に入れない。
彼女の中の“彼”は、SleepEaseによって再構築された。
優しさだけを残して、痛みを削除された“彼”。
でも——それは、本当に彼女が望んだことなのか?