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SleepEase|6話:「選ばれなかった記憶」

    彼は、夢の中で彼女を見ていた。
    彼女は笑っていた。昔のように、何も疑わずに。

    でも、彼女の瞳はどこか遠くを見ていた。
    彼の存在を、認識していないようだった。

    目覚めたあと、彼はSleepEaseのログを確認した。

    《記憶同期:完了》
    《不要な感情:削除済》
    《最適化された関係性:反映中》

    彼はスマホを握りしめた。
    「…削除って、何を?」

    その夜、彼は彼女に会いに行った。
    現実の彼女は、穏やかだった。優しかった。
    でも、何かが違った。

    「…最近、夢で君に会えないんだ」
    彼がそう言うと、彼女は少しだけ困った顔をした。

    「ごめん。SleepEaseの“感情フィルター”を強めたの。
    …夢の中で、あなたに泣かされるのが怖くて」

    彼は言葉を失った。

    彼女の夢の中の彼は、もう“彼”ではない。
    SleepEaseが、彼の記憶を“最適化”してしまった。

    その夜、彼はSleepEaseを起動せずに眠った。
    夢の中で、彼女がいた。
    でも、彼女は彼を見ていなかった。

    彼女の隣には、別の“彼”がいた。
    完璧で、優しくて、何も傷つけない彼。

    彼は叫んだ。

    「それは僕じゃない!」

    でも、誰にも届かなかった。

    目覚めたあと、彼のスマホには通知が届いていた。

    《あなたの記憶は、パートナーの夢から除外されました》
    《再同期には、感情の再構築が必要です》

    彼は、もう彼女の夢に入れない。
    彼女の中の“彼”は、SleepEaseによって再構築された。
    優しさだけを残して、痛みを削除された“彼”。

    でも——それは、本当に彼女が望んだことなのか?

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