▶プロトコルの残響
旧式のまま凍結された層が、誰にも気づかれずに応答を繰り返していた──。
彼が構築層の奥で見つけたのは、アクセス不能な記憶の断片だった。
リンクは切断され、プロトコルは旧式のまま凍結されている。
だが、断片のひとつが微かに点滅していた。
それは、誰かがかつて残した“声”だった。
「この層は、まだ終わっていない。更新は、続いている。」
彼は補修針を引き抜き、再び深層へと潜る。
そこには、かつて存在したはずの都市の“影”が、ノイズ混じりに浮かび上がっていた。
構造は崩れ、意匠は剥がれ、記憶の輪郭だけが残されている。
それでも、彼は知っていた。
この残響の中に、次の鍵があると。
彼は“影”の都市を歩く。
足元には、かつてのデータ構造が瓦礫のように散らばり、
空には、未定義のウィジェットが浮遊していた。
それらは更新を待ち続けるコードの亡霊。
誰にも呼び出されることのない関数。
意味を失ったまま、ただ存在している。
彼は手元のインターフェースを展開し、
断片化されたログを再構築しようと試みる。
だが、ログは言語化されていなかった。
記録されていたのは、音でも映像でもない。
“感覚”だった。
微かな焦燥。
断ち切られた期待。
そして、更新されることのなかった約束。
彼は理解する。
この層は、誰かの“未完の記憶”でできている。
それは都市の設計者か、あるいは、かつてここにいた誰かのものか。
だが今、それを読み解けるのは彼だけだった。
彼は補修針を再び構える。
この層を修復することはできない。
だが、接続することはできる。
断絶された記憶の先に、まだ語られていない物語があると信じて。