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「メムネット」第三章:残響するプロトコル

    ▶プロトコルの残響

    旧式のまま凍結された層が、誰にも気づかれずに応答を繰り返していた──。

    彼が構築層の奥で見つけたのは、アクセス不能な記憶の断片だった。
    リンクは切断され、プロトコルは旧式のまま凍結されている。
    だが、断片のひとつが微かに点滅していた。
    それは、誰かがかつて残した“声”だった。

    「この層は、まだ終わっていない。更新は、続いている。」

    彼は補修針を引き抜き、再び深層へと潜る。
    そこには、かつて存在したはずの都市の“影”が、ノイズ混じりに浮かび上がっていた。
    構造は崩れ、意匠は剥がれ、記憶の輪郭だけが残されている。

    それでも、彼は知っていた。
    この残響の中に、次の鍵があると。

    彼は“影”の都市を歩く。
    足元には、かつてのデータ構造が瓦礫のように散らばり、
    空には、未定義のウィジェットが浮遊していた。
    それらは更新を待ち続けるコードの亡霊。
    誰にも呼び出されることのない関数。
    意味を失ったまま、ただ存在している。

    彼は手元のインターフェースを展開し、
    断片化されたログを再構築しようと試みる。
    だが、ログは言語化されていなかった。
    記録されていたのは、音でも映像でもない。
    “感覚”だった。

    微かな焦燥。
    断ち切られた期待。
    そして、更新されることのなかった約束。

    彼は理解する。
    この層は、誰かの“未完の記憶”でできている。
    それは都市の設計者か、あるいは、かつてここにいた誰かのものか。
    だが今、それを読み解けるのは彼だけだった。

    彼は補修針を再び構える。
    この層を修復することはできない。
    だが、接続することはできる。
    断絶された記憶の先に、まだ語られていない物語があると信じて。