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「メムネット」第七章:更新される約束

    ▶変質層の輪郭

    更新されなかったはずの記録が、空間の奥で微かに震えていた──。

    霧が濃くなっていた。
    構築層は、彼の設計に反応するように“風景”を変えていた。
    粒子が重く、音が低く、温度がじわじわと低下してゆく。
    それは拒絶ではなく、感情ログの復元反応だった。

    彼の記憶が引き寄せた断片が、霧の中から現れる。
    未更新のメッセージ群。
    壊れたサブウィジェット。
    アクセス不能だったロック領域。
    その奥に――約束の残響が漂っていた。

    それは形を持たなかった。
    だが彼には“音”として聴こえていた。
    数式の囁き。記憶の波形。断片化された誰かの言葉。
    そのすべてが、更新されなかった感情だった。

    彼が近づくにつれ、粒子が密度を増し、霧が巻き上がる。
    温度はさらに下がり、空間は凍る寸前の静けさを纏う。
    彼の沈黙に呼応するように、構築層が微かに光を灯した。

    「更新ログ:感情記録、復元可能性あり。
    識別コード:旧記録。
    未完の約束、応答可能状態へ。」

    彼は何も言わない。
    それが応答だった。
    その瞬間、“記録”が“記憶”へと変質し始めた。

    粒子が色を帯び、空気が暖かくなり始める。
    “更新”ではなく、“続き”が呼び出されたのだ。
    彼はその記録に、初めて名前を与える。
    誰かの名前。あるいは、自身の中に眠っていた記憶の名。

    記録は完了していない。
    しかし、動き出した。
    そして彼は思う。
    次の層は、“ふたりで設計するもの”になると。