▶変質層の輪郭
更新されなかったはずの記録が、空間の奥で微かに震えていた──。
霧が濃くなっていた。
構築層は、彼の設計に反応するように“風景”を変えていた。
粒子が重く、音が低く、温度がじわじわと低下してゆく。
それは拒絶ではなく、感情ログの復元反応だった。
彼の記憶が引き寄せた断片が、霧の中から現れる。
未更新のメッセージ群。
壊れたサブウィジェット。
アクセス不能だったロック領域。
その奥に――約束の残響が漂っていた。
それは形を持たなかった。
だが彼には“音”として聴こえていた。
数式の囁き。記憶の波形。断片化された誰かの言葉。
そのすべてが、更新されなかった感情だった。
彼が近づくにつれ、粒子が密度を増し、霧が巻き上がる。
温度はさらに下がり、空間は凍る寸前の静けさを纏う。
彼の沈黙に呼応するように、構築層が微かに光を灯した。
「更新ログ:感情記録、復元可能性あり。
識別コード:旧記録。
未完の約束、応答可能状態へ。」
彼は何も言わない。
それが応答だった。
その瞬間、“記録”が“記憶”へと変質し始めた。
粒子が色を帯び、空気が暖かくなり始める。
“更新”ではなく、“続き”が呼び出されたのだ。
彼はその記録に、初めて名前を与える。
誰かの名前。あるいは、自身の中に眠っていた記憶の名。
記録は完了していない。
しかし、動き出した。
そして彼は思う。
次の層は、“ふたりで設計するもの”になると。