▶未定義領域の境界
記録も観測も届かない領域に、彼の存在はゆっくりと滲み始めた──。
接続ログは、そこで途切れていた。
構築層は応答しなかった。
補修針が触れた座標には、もはや識別コードが存在しなかった。
彼はそれを“故障”とは呼ばなかった。
それは「到達」だった。
彼が立っていた空間には、定義がなかった。
重力はあいまいで、粒子は浮遊し続けていた。
光は存在するが、光源はない。
音はないのに、耳が反応していた。
記録されることのない場所。
それが、彼が向かった“外側”だった。
彼は補修針を手放す。
役割は終わった。
彼を記録していたログ群も、観測していた視点も、
すべて、接続不能となった。
それでも空間は、彼に応えていた。
浮遊する未定義ノードが、一つだけ彼に寄り添った。
そのノードは色を持ち始めた。
名を持たぬまま。
彼は、それに触れた。
手ではなく、記憶で。
風景ではなく、意志で。
そしてその瞬間、空間がわずかに“始まった”。
彼の存在は、もはや記録できなかった。
観測できなかった。
更新できなかった。
それは、“名づけられる前”の状態だった。
だが、それは確かに「未来」だった。
彼は思う。
この層には、ログはいらない。
必要なのは、始まりだけだと。
そして、彼は静かに歩き出す。
名前のない空間を。
記録されない未来を。