彼は、夢の中で自分を見ていた。
第三者の視点。
笑っている。優しくしている。完璧な言葉を選んでいる。
でも、それは“彼”ではなかった。
目覚めたあと、スマホにはSleepEaseの通知。
《同期感情:再接続中》
《編集履歴:一部巻き戻し済》
彼は画面を見つめた。
“巻き戻し”——それは、彼女がしたことだった。
その日、彼女と会った。
彼女は静かに言った。
「…夢の中で、あなたが泣いてた。
でも、現実のあなたは、泣いたことなんてないって言ってたよね」
彼は少しだけ笑った。
「それ、SleepEaseが“泣かない僕”を作ってたからだと思う」
彼女は目を伏せた。
「ごめん。…その“編集されたあなた”に、少しだけ安心してた」
彼は頷いた。
「わかるよ。僕も、“編集された僕”のほうが、君にとって優しいと思ってた」
沈黙。
でも、その沈黙は、以前よりも柔らかかった。
その夜、彼はSleepEaseを起動せずに眠った。
夢の中で、彼女がいた。
彼女は言った。
「…本物のあなたは、ちょっと不器用で、ちょっと怖くて、でも——ちゃんと私を見てくれる」
彼は答えた。
「本物の君は、ちょっと強くて、ちょっと優しすぎて、でも——僕を引き戻してくれた」
目覚めたあと、彼のスマホには通知が届いていた。
《編集済み人格:削除完了》
《同期感情:安定》
彼はスマホを伏せた。
そして、現実の彼女に会いに行った。
彼女は笑っていた。
少しだけ、泣きそうな顔で。