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SleepEase|13話:「境界のゆらぎ」

    昼下がり、ふたりは並んで歩いていた。
    駅前のカフェ。いつもの席に座る。

    彼女がふと言った。
    「ねえ、今日って何の日か覚えてる?」

    彼は少しだけ考えてから答える。
    「…初めてここでコーヒーを飲んだ日。君が、ミルクをこぼした」

    彼女は目を見開いた。
    「…覚えてたんだ」

    彼は笑った。
    「忘れるわけないでしょ」

    でも、その笑顔の奥には、少しだけ迷いがあった。
    昨日の夢でその場面を見ていたのだ。
    それが現実の記憶なのか、夢の記憶なのか——もう、わからなかった。

    夜、ふたりはベッドに並んで静かに話した。
    「昨日の夢で、あなたが言ってたこと…」
    彼女が言う。
    「それ、現実でも言ったよ」
    彼が返す。

    ふたりは、少しだけ黙った。
    「最近、夢と現実が混ざってる気がする」
    彼女が呟く。

    「でも、それって悪いことじゃないよね。
    夢の中でも、君とちゃんと話せるなら」

    彼女は微笑んだ。
    でもその微笑みは、どこか遠くを見ていた。

    その夜、ふたりはSleepEaseを起動しなかった。
    それでも、夢は始まった。

    ふたりは、同じカフェにいた。
    同じ席で、同じ会話をしている。
    でも、彼女の服が少し違っていた。
    彼の言葉も、少しだけ違っていた。

    目覚めたあと、彼はスマホを確認した。
    SleepEaseは起動していないはずだった。
    でも、画面には一瞬だけ通知が表示されていた。

    《感情同期:完了》

    彼は目をこすった。
    通知は消えていた。
    彼女はまだ眠っていた。

    彼はそっと彼女の手に触れる。
    その手は、確かにあたたかかった。

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