昼下がり、ふたりは並んで歩いていた。
駅前のカフェ。いつもの席に座る。
彼女がふと言った。
「ねえ、今日って何の日か覚えてる?」
彼は少しだけ考えてから答える。
「…初めてここでコーヒーを飲んだ日。君が、ミルクをこぼした」
彼女は目を見開いた。
「…覚えてたんだ」
彼は笑った。
「忘れるわけないでしょ」
でも、その笑顔の奥には、少しだけ迷いがあった。
昨日の夢でその場面を見ていたのだ。
それが現実の記憶なのか、夢の記憶なのか——もう、わからなかった。
夜、ふたりはベッドに並んで静かに話した。
「昨日の夢で、あなたが言ってたこと…」
彼女が言う。
「それ、現実でも言ったよ」
彼が返す。
ふたりは、少しだけ黙った。
「最近、夢と現実が混ざってる気がする」
彼女が呟く。
「でも、それって悪いことじゃないよね。
夢の中でも、君とちゃんと話せるなら」
彼女は微笑んだ。
でもその微笑みは、どこか遠くを見ていた。
その夜、ふたりはSleepEaseを起動しなかった。
それでも、夢は始まった。
ふたりは、同じカフェにいた。
同じ席で、同じ会話をしている。
でも、彼女の服が少し違っていた。
彼の言葉も、少しだけ違っていた。
目覚めたあと、彼はスマホを確認した。
SleepEaseは起動していないはずだった。
でも、画面には一瞬だけ通知が表示されていた。
《感情同期:完了》
彼は目をこすった。
通知は消えていた。
彼女はまだ眠っていた。
彼はそっと彼女の手に触れる。
その手は、確かにあたたかかった。