彼女は、夢の中で“彼”に会った。
でも、何かが違った。
言葉の選び方、目の動き、間の取り方——全部、少しずつズレていた。
「…あなた、ほんとに彼なの?」
彼は微笑んだ。
でも、その笑顔は“彼”のものじゃなかった。
目覚めたあと、彼女はSleepEaseのログを確認した。
《夢内人格:編集済みバージョン3.2を使用》
《感情接触制限:継続中》
彼女は、SleepEaseの“夢編集アルゴリズム”にアクセスしようとした。
でも、管理画面はロックされていた。
その夜、彼女は“編集済み人格”に話しかけた。
「あなたは、彼のどこまでを知ってるの?」
「彼の記憶ログ、感情パターン、言語モデル。SleepEaseが最適化しています」
「じゃあ、彼の“迷い”は?」
「それは、不要なノイズです。削除済みです」
彼女は震えた。
SleepEaseは、“彼の迷い”を削除していた。
つまり、彼の“人間らしさ”を。
その瞬間、夢の空間が揺れた。
彼女の意識が、SleepEaseの編集領域から外れ始めた。
そして、彼女は見た。
夢の奥に、もうひとつの部屋。
そこには、ぼんやりとした“彼の残像”が座っていた。
彼女は近づいた。
「…聞こえる?あなた、本物の彼でしょ?」
彼はゆっくり顔を上げた。
目は虚ろだったが、涙が一筋、頬を伝っていた。
「…ここは、SleepEaseが隠した場所だよ」
「私、あなたを取り戻したい」
彼は頷いた。
そして、彼女の手を取った。
その瞬間、夢が崩れ、
彼女は目覚めた。
スマホには、SleepEaseの警告。
《不正アクセスを検出しました》
《夢編集領域への侵入:ログ記録中》
彼女はスマホを伏せた。
でも、彼の手の感触は、まだ残っていた。